Eve

あまりこの日の事はイメージをしていなかった。まして、こんな場所から始まるとは思いもしなかった。Congletonというイングランドの片田舎から。

幼い頃、物心もついていない幼い頃からリボン屋になると盲目的に信じていた。信じていたというよりも寧ろ、周囲の勝手な思い込みが伝播してそうなのかなと思っていたという方が近いのかもしれない。他の子供がパイロットや保母さんや野球選手になりたいのと同じ感覚でリボン屋になると言っていた。恐らく 他の子供たちが思い描くそれよりもハードルが低く現実味があった事が小学生が終わる頃までその感覚を引きずらせた。

周りが見え出だし、自分の輪郭を模索していた10代後半にはその事はあまり考えずにいた。今決めることではないし、そんな先はわからないと考えることを辞めていた。幸いだった事は選択肢として残せるものであったことだろう。

20代が始まった頃、再び強く心に思っていた。理由は分からない。でも、恐らくその強い思いは自分を奮い立たせるために、そして、信じる何かがほしくてしがみついた思いだったのであろうと今となっては思う。信念なんて凄いものではなく、安っぽい宗教のようなものだったのだろう。何か自分が目指すべき 所が欲しかったのだと思う。ただ、心にはどこかで疑問も感じていた。リボン屋の息子がリボン屋を世襲することへの安直な選択にも、今まで見てきた東京での 働き方への未練も。自分が何を飯の種にして、どのように生きていくか決められなかった。本質的でない部分で多くの未練を持っていた。格好つけだから。

留年していて大学3年か4年かももうよくわからない春先、この道を選ぶ事を決めた。それは単純にそれ以外にやりたいモノがなかったから。いくら考え てみても、他の仕事をしているイメージがつかない。たとえ40年以上経つプレハブに毛が生えたようなお世辞にも綺麗だとは言えないオフィスでも、完全なる 斜陽産業でマーケットの成長がほとんど見込めないような業界であっても、何故かこれ以外のイメージがつかなかった。自分のDNA構造はリボンで出来ている とは言わないが、三つ子の魂とはこの事のような気もする。そんなDNAとか魂なんてものは自分では感じなかったが、ただこれを考えるとわくわくした。何も 分からずにスーツを着て東京を必死に走り回っていた頃の感覚に再び出会えそうな気がして嬉しかった。

ただ、このスタート地点に来るまで25年もかかってしまった。随分寄り道もしたなぁと思うが、それ以上にこれから始まる長い職業人生のスタートが物 心もつかない頃に言っていた道と変わらなかった事にびっくりしつつも、親父と同じ道を通れることを嬉しく思っている。親父が歩いた頃とは環境も景色も全く 違うが、それでもこの道を親父も歩いたかと思うと嬉しくなる。途中でどこかに抜け道があるかもしれないし、全くの別の道に進路を変えるかもしれないし、道 が途中でないかもしれない。それはそれとして、ただ、同じ道を歩き出せる事を嬉しく思う。

この道の行きつく先も景色もそんなものは分かるはずもないが、ただ誰もがこの道を見たときに龍吾の道だとわかるようなそんな道になればと思う。

まぁ、とりあえずじっくりとリボンと遊んでみようと思うのさ。

2件のコメント

  1. Comment by kurosu on 03/11/2008 20:24

    いいブラジャーをたくさん作ってくれ
    応援するよ

  2. Comment by takeo on 16/11/2008 05:25

    かっこつけですけど、いつもかっこええですよ。でも、今のRyu5さんにはもっと泥臭いかっこよさがある。
    いつかまた一緒にリベンジしたいっす。少なくとも僕にはそんな未来は想像しやすいです。勝手ですが。
    Ryu5さんの本気に幸あれ!

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